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書ブログ - 光明皇后1250年御遠忌記念特別展「東大寺大仏―天平の至宝―」

光明皇后1250年御遠忌記念特別展「東大寺大仏―天平の至宝―」

カテゴリ : 
書道展・美術展案内

  
saku 2010-8-26 10:33

光明皇后1250年御遠忌記念
特別展「東大寺大仏―天平の至宝―」
東京国立博物館平成館 
2010年10月8日(金)~12月12日(日)

 東大寺は、聖武天皇と光明皇后が、夭逝した皇子の菩提を弔うため造営した山房に始まり、やがて、聖武天皇の発願により盧舎那仏(るしゃなぶつ)が造立され、国家的な仏教信仰の中心になりました。天平勝宝4年(752)には大仏開眼供養会(だいぶつかいげんくようえ)が盛大に執(と)り行われ、インド、中国の僧が参加するなど国際色豊かな文化が生まれました。後世の兵火により2度罹災しますが、そのたびに高僧らが復興、再建に取り組み、創建時の天平文化を代表する至宝が伝わっています。
 本展では大仏造立に関わる作品を通して天平文化の精華をご覧いただきます。大仏殿前の高さ4.5メートルを超える八角燈籠(国宝)が寺外で初公開となるほか、古代の誕生仏では日本最大として知られる誕生釈迦仏立像(国宝)や、大仏開眼供養会などに使用された伎楽面(重要文化財)など、天平の宝物を一堂に展示します。また鎌倉時代、江戸時代に大仏を再興した、重源(ちょうげん)上人、公慶(こうけい)上人の肖像彫刻の傑作などを通じて、今日まで脈々と伝えられる東大寺の歴史を紹介します。さらにバーチャルリアリティー(VR)映像で平安時代末期に焼失した創建時の大仏殿を再現、寺では見ることのできない盧舎那仏の背面を含め、360度ぐるりと大仏をご覧いただきます。




■ 開催概要
会 期 2010年10月8日(金)~12月12日(日)

会 場 東京国立博物館 平成館 (上野公園)

開館時間 9:30~17:00(入館は閉館の30分前まで)
(ただし、会期中の金曜日は20:00まで、土・日・祝日は18:00まで開館)

休館日 月曜日(ただし10月11日(月・祝)、11月8日(月)、11月15日(月)は開館し、10月12日(火)は休館)


観覧料金 一般1500円(1300円/1200円)、大学生1200円(1000円/900円)、高校生900円(700円/600円)
中学生以下無料 * ( )内は前売り/20名以上の団体料金
* 障害者とその介護者一名は無料です。入館の際に障害者手帳などをご提示ください。
*交 通 JR上野駅公園口・鶯谷駅より徒歩10分
東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅、千代田線根津駅、京成電鉄京成上野駅より徒歩15分

主 催 東京国立博物館、華厳宗大本山東大寺、読売新聞社

後 援 文化庁、平城遷都1300年記念事業協会

協 賛 清水建設、大和証券、トヨタ自動車、ニッセイ同和損害保険、藤田観光、文化服装学院、みずほ銀行、光村印刷

特別協力 ソニー、ソニービジネスソリューション

協 力 日本ヒューレット・パッカード

映像協力 凸版印刷

お問い合わせ 03-5777-8600 (ハローダイヤル)

展覧会ホームページ http://todaiji2010.jp/ (表示にはFlash Playerが必要です)



■ 関連事業
  記念講演会
第1回
平成館 大講堂 2010年10月30日(土) 13:30~15:00
講師:東京国立博物館特任研究員 金子 啓明


第2回
平成館 大講堂 2010年11月6日(土) 13:30~15:00
講師:華厳宗大本山東大寺別当 北河原 公敬 師


  光のイベント
「なら燈花会」
平成館 前庭 2010年10月22日(金) 


「なら瑠璃会」
平成館 前庭 2010年11月12日(金) 

※ 天候により中止になる場合があります。

■ 展覧会のみどころ

東大寺のはじまり-聖武天皇の平和への願い

 聖武天皇と光明皇后は、1歳になる前に夭逝した皇子を弔うために山房を営みました。詳細は不明ですが、大仏殿の東に位置する二月堂や法華堂のある、現在、上院とよばれる地域周辺にあったようです。東大寺の境内の山中には、東大寺創建より古い時期の瓦の出る場所が複数あるので、その山房が発展したともいわれる金鐘寺(こんしゅじ)をはじめいくつか存在した寺を合わせて大和国国分寺である金光明寺(き(こ)んこうみょうじ)が成立したと考えられます。
 聖武天皇が大仏造立を発願した天平15年(743)、当時、紫香楽(しがらき、現在の滋賀県信楽町)に宮を遷(うつ)していたためその地で着工しましたが、天平17年(745)平城京に戻り、金光明寺に大仏を造ることにしました。東大寺という名前が歴史に登場するのは大仏の鋳造が始まった直後の天平19年(747)です。東大寺に現存する西大門勅額に「金光明四天王護国之寺(き(こ)んこうみょうしてんのうごこくのてら)」とあるのは、東大寺が金光明寺の発展した寺であり、大仏が完成した後も、大和一国のみならず日本の中心的な寺院としての役割を担ったことを意味しています。

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