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日本で最初の篆刻専門美術館“古河 篆刻美術館”

古河 篆刻美術館
今回、訪れた古河篆刻美術館は平成3年春に開館した日本で初めての篆刻専門の美術館です。
大正時代に建設された石蔵を改修して利用しており、この石蔵は国の登録有形文化財として知られています。
この度は古河篆刻美術館前館長 松村一徳様に取材協力いただきました。
※4月1日付の定期人事異動により、篆刻美術館長が「松村一徳様」から「臼井公宏様」に変更となりました。

篆刻美術館前館長 松村一徳様へのインタビュー全文

※なお今回取材させていただいた中で、動画では割愛させていただいた部分も含め、以下に松村館長へのインタビュー全文を掲載させていただきました。ぜひ御一読ください。

  • 質問:篆刻美術館の創立の目的は?

  • 前館長 松村一徳様:
  • 篆刻美術館は古河歴史博物館の別館、歴史民族資料を展示するということで、最初構想されたんですね。でも篆刻美術館にいらしてご覧になると狭いという印象があると思うんですが、やはりその大きなものを飾るにはそれだけのスペースが無いということで色々考えました。
    で、その時にやはりまず、古河らしいものを展示したいということが一つ、そしてそれと関係しますが他にない独自の美術館ということ、あと狭さということを考えますと大きくないものと、この3点をなにかクリアする関係のものがないかなということで、色々相談しているうちに篆刻はどうかなということになりました。
    そして古河といいますと、生井子華先生、大久保翠洞先生という全国的に名前の通った先生がいらっしゃいまして、篆刻美術館が大久保先生のお店と生井先生のお店に挟まれた位置にあるということがまずあります。それで篆刻は小さいものでありますし、そして当時としては日本、中国にも篆刻の美術館は無いということなので、先程の3点を無事にクリアするということで、では篆刻美術館でやりましょうとなった経緯があります。


  • 質問:展示物の見所は?

  • 前館長 松村一徳様:
  • 篆刻美術館を最初につくる時にやはり、日本のセイレイ印社を目指そうということがあったようです。ただ歴史が100年を超えるセイレイ印社とまったく何も無くでできた、まもなく(平成23年に)開館20年になる美術館ではどうしてもその差はございます。
    で、また収蔵品が無いでスタートした美術館ですのでどのようなものを展示するかというのが一番の問題になりました。まあ、一番の中心は生井子華先生の作品ですね。まあ地元ということもありますし日本を代表する篆刻家の作品を当館、収蔵しておりますので、これを一年を通じて皆さんに見ていただけるということが一番の特徴だと思います。
    あとはここで色々な企画展をやっておりますが、セイレイ印社を目指すということが当初ありましたが、うちでしかできない企画ということで日本の篆刻家を紹介するということが、やはり篆刻美術館に与えられた使命かなといった風に考えまして、篆刻家の方はなかなか中国の篆刻に対する理解と興味はございますが日本の篆刻家に対する興味と理解というのは薄いので、それを含めまして篆刻美術館のほうでは日本の篆刻家を紹介しようというふうに考えて展示をおこなっております。いままで色々な展示をやってきましたがその辺を見ていただければその姿勢がわかると思います。


  • 質問:独自の資料収集は?

  • 前館長 松村一徳様:
  • こちらのメインとなるのは松丸東魚先生が集められた印譜がございます。これは有数なコレクションと思います。ちょうど二玄社のほうからそれを集めて整理した本が数年前に出版されましたので、それをご覧になるとどれだけの内容があるかということがわかると思いますので詳しくはそちらを見ていただくとよろしいかと思います。
    あと封泥が数的には80ということなんですが、欠損が少なくて非常にいいコンディションのものですので、それによって紙の無い時代に印をどのように使っていたということを理解する非常にいい資料になると思います。木簡・竹簡時代の封泥の使い方というものが来た方には見ていただけます。
    あとは量的には少ないですが、陶文という戦国時代の陶器に押した資料とか、そういう考古学的な資料ですね、そのようなものがございます。


  • 質問:地元市民の為の企画など紹介をお願いします

  • 前館長 松村一徳様:
  • 普通美術館ですと、名品を多く展示するというのが主流になると思うのですが、やはり古河市が運営している美術館ですので学校教育に力を入れるということで、開館して以来小学生の書道展は篆書体作品を展示しております。
    篆書・甲骨・金文というような、今使っている文字の元になった文字を書いてもらって、そしてそれから発展して漢字に興味を持ってもらうということが趣旨ですね。ですから、別に篆刻家を育成するために篆書をやるというわけではありません。篆刻家がそんなに増えてしまうとなかなか大変ですし、まあそういうこともありえないと思うのですが…
    そうして各学年ごとに文字を決めまして、学年が上がるごとにまた難しい字を書いていくというようなことで、各学校に各文字の見本(篆書手本リスト)をわたしていって学校の中で先生が文字を選んで一文字だったり二文字だったり、自分で書きたい文字を選んで書くということです。一番面白いのは子供たちが先生と一緒にきて見学されるのですが、この間も生徒たちは読めるのに先生が読めないということがありました。六年生だったのですが、まあ三年生から三、四、五、六と、まあ四回しかやっていませんが、それでも先生よりは篆書が読めるというような子供たちが着実に増えていることになります。
    それの発展系といいますか、最近は六年生が篆刻体験をやっております。全部の学校ではありませんが、市内の半分くらいの学校の六年生が卒業記念で篆刻をするということで、それ以前は中学三年生が卒業で彫るということでしたが、現在はカリキュラムに中にいれてもう十三回となっております。


  • 質問:歴史の街古河としての取り組みなど教えてください

  • 前館長 松村一徳様:
  • これは美術館の企画ではありませんが、篆刻最中といったようなものが地域のお菓子屋さんで作られていて、そういった商品を皆様に召し上がってもらうということなどは、観光、街おこしを考えたときにもいいんではないかというふうに思っております。


  • 質問:書き文字を使った看板というのは他の街にくらべて多いように見えましたが

  • 前館長 松村一徳様:
  • 大久保翠洞先生の関係があるので刻字看板ですね。篆刻美術館ができる前は刻字のほうが主体でした。
    駅を降りた方には、すぐ駅をでた改札の右側の所に観光案内所がありますが、そこの古河市の案内所の文字も小篆で書かれております。
    まあ篆刻美術館ができてからは篆刻というものが大分市民には浸透してきたと思うのですが、まあ篆書という文字自体普通のかたは見ることもないだろうし、書くこともないだろうし、まあ読める人がいないと思うのですが来館されなくても、だんだん市民の方は篆刻というものがあるということには理解されているのではと思います。


  • 質問:こちらの建物も文化財に登録という、非常に由緒正しい建物のようですが

  • 前館長 松村一徳様:
  • この建物は1920年(大正9年)の建物でして、関東大震災で被害を受けずにもってきたという建物です。大谷石の一種の吉沢石という石を使った三階建ての石蔵だということで文化財にもなっております。
    大正9年とわかるのは建物の中に上棟式の破魔矢が現存しておりまして、それによって建てた年代がわかるということになっております。
    中に入っていただくと大正の雰囲気をそのまま残しております、ただ当時の位置からは5メートルほど移動してあります、当時のままではございませんが大正浪漫を感じさせる建物になっております。
    蔵自体は3階建ての石倉が表蔵、そして2階建ての蔵が裏側にありまして、この二棟から構成されています。当時、表蔵の1階の所では事務所といいますか、お店をやっておりましたので、そこでお客様を接待し、あと2階・3階は現在は展示の関係から3階部分は撤去して、屋根裏が見えるようになっておりますが、そこには美術品が収蔵されていたようです。

質問させていただいた内容は以上です。今回、インタビューにお答えくださった松村館長、並びに古河篆刻美術館の関係者の方々には心からお礼申し上げます。


所在地〒306-0033 茨城県古河市中央町2-4-18
連絡先TEL 0280-22-5611 FAX 0280-22-5915 E-mail tenkoku@city.ibaraki-koga.lg.jp
HPhttp://www.city.ibaraki-koga.lg.jp/tenkoku/
開館時間9:00〜17:00(ただし入館は16:30まで)
休館日月曜日・祝日の翌日・毎月第4金曜日(館内整理日)・年末年始